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2019/01/03 第238期 訂閱/退訂看歷史報份TAEPEI
中草藥藏千年智慧
 
 
中草藥藏千年智慧
文/Taipei
生薬・薬草に宿る千年の智慧

古の香りに新たな歴史の一頁

大稲埕の迪化街は「香り」のある問屋街です。台北霞海域隍廟から北の民生西路にかけての通りは迪化街でも「南街」と呼ばれ、心が落ち着く漢方の生薬の香りが漂っています。迪化街一帯は日本統治時代にはすでに台北の代表的な生薬の問屋街となっていました。同じく大稲埕の民楽街は多くの薬草店が集まっていることから青草巷と呼ばれ、薬草のさわやかな香りを漂わせています。

日本統治時代以前の大稲埕では「南北貨(各地の食品・雑貨)」や茶葉が中心に売られ,生薬は商人がついでに販売する商品にすぎませんでした。しかし、生薬の需要が高まり、良し悪しの差が激しかった生薬の目利きができる人が必要とされたことで、生薬を専門的に扱う店が生まれました。また生薬の目利き職人は「師から弟子へ、父から子へ」の方針で技を伝え、独立した弟子の多くが近くに店を構えたため、生薬店がより密集するようになりました。

大稲埕には現在、約200店の生薬店があります。形態はさまざまですが、うち9割が卸売業者です。多くは仲卸で、大規模な卸売だけでなく、消費者への小売も行っています。このような店の大半が各地の食品や雑貨も販売しています。もともとは漢方薬の苦味を抑えるために蜜餞(果物の砂糖漬け)などの甘い物を取り扱っていたのですが、お客さんの便宜を図るために品数を増やしていったのです。

次に多いのが一次卸業者です。各地の生薬を大量に輸入し、等級分けをした上で仲卸や小売に販売しています。また、漢方医学の医師による診察と小売を行う複合型の漢方薬店もあります。「上乾元参薬行」はそうした店の一つです。

輸入解禁で手頃な価格に

生薬はかつて輸入が制限されていたため、供給が少なく、迪化街の生薬店は主に台北市中薬商業同業公会から会員として割り当てられたものを販売していました。希少品のため高価でしたが、1988年に生薬の輸入が全面的に解禁されると一気に手頃な価格になりました。食用のナツメの場合、1両(約37.8グラム)60元が1斤(1斤=16両)70元へと10分の1以下に下がったのです。さらに好景気で贈答用と自宅用の需要が急増し、迪化街の生薬店には旧正月前の年貨大街(年越し用品セール)の時のような人だかりができ、茶葉貿易で隆盛を極めた当時の光景を彷彿とさせました。

創業100年以上の上乾元参薬行は郭雪湖の絵画『南街殷賑』に登場する店の一つで、3代目店主の陳建国さんが屋号を元の「乾元参薬行」から「上乾元参薬行」に変えて父親から受け継ぎました。小さいころから店で父親を手伝っていた陳さんは、迪化街の生薬業の繁栄を目の当たりにしました。

陳さんによると、1990年ごろは家の店で20人もの従業員が毎日、二交代制で働いていて、午後10時の閉店後も深夜まで残業していました。日中は7、8人の従業員が店に立ち、お客さんがひっきりなしにやってくるほど繁盛していたそうです。

新戦略で生薬をアピール

しかし、ここ20年間は西洋医学の普及、公的医療保険制度の整備、食と健康に対する考え方の変化によって生薬業界は打撃を受け、いかにして先人の智慧を残し、店を守っていくかについて考えざるを得なくなりました。陳さんは「自分には派手なマーケティング手段も内装の綺麗な店舗もありませんでしたから、店の認知度を高めるために店を飛び出しました」と語ります。中国医学による養生講座を開催したほか、解説役を務めたり、漢方薬に関する本の出版を支援したりして自分を売り込み、生薬の推進にも努めました。

別の老舗生薬店「六安堂」は台北市商業処が推進する店舗リノベーション計画「店家再造計画」に2015年から参加し、アドバイザーチームの支援のもと、店の歴史遺産を活用しました。また、4代目店主の楊凱宇さんは父親の楊世福さんと共に、ティーバッグなどに小さく包装した便利な新商品を開発し、店舗とインターネット上で販売したところ、若者や日本人観光客から人気を集めました。

法規制で薬草店も低迷

民楽街に密集する薬草店も生薬店と同じような運命をたどりました。薬草療法はかつて馴染みの民間療法でしたが、公的医療保険制度の整備と法規制により、主な顧客だった国術館(挫傷の治療などを行う治療院)と民間療法業者が激減し、薬草の卸売が難しくなっていきました。

老舗の薬草卸売店「姚徳和青草号」の3代目店主である姚勝雄さんは、中学生のころから父親の仕事を手伝っていたと話します。どの店も隆盛を極めていた当時は、朝5、6時から仕事を始め、午後11、12時まで働くことも多く、同業店も6店ありましたが、公的医療保険制度の整備により、今では3店しか残っていないそうです。

リノベーションで

若年層をターゲットに

姚さんは店を継いでからも薬草の卸売と冷たい薬草茶の販売を続け、店を生まれ変わらせるために「店家再造計画」への参加を決めました。店をリノベーションすると昔からのお客さんが戸惑うのではないかと悩んだそうですが、さびれてしまった店を復活させるしかないと分かっていました。そこで、若者と海外からの観光客のニーズを取り込むため、屋台を出して冷たい薬草茶を販売していた店をおしゃれなティーショップに変身させたのです。

当初は古いお客さんが店を見つけられないこともありましたが、その後は常連客が戻ってきただけでなく、多くの若者が「聖地巡礼」に来るようになりました。SNSの人気チェックインスポットとなり、以前より多くの人に知られるようになったのです。

現代医療が主流になっても、生薬業者と薬草業者は激動する時代の中で勇敢に舵取りを行ってきました。そして今、新世代の店主たちが人々のニーズに最も合った形で千年の知恵を伝え、先代からの店を守り続けています。

 
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