【文 Joella Jian】
【編集 下山敬之】
【写真 Salon Flowers、Mike Sung】
台北に移住して13年になる嶺貴子さん(以下、貴子さん)は、ここで数多くの美しい景色を見てきました。彼女が台湾へ移住したのは東日本大震災が発生した2011年のこと。旦那さんの意向で子どもを連れて台湾へ移住することになりました。
貴子さんは日本でフラワーアートの事業を立ち上げたばかりでしたが、その夢を諦めて3歳の娘を連れ、慣れない異国の地での生活がスタートしました。当時は台湾について何も知らなかった彼女でしたが、定住するうちに台北の美しいスポットに詳しい専門家になりました。
台湾の最も魅力的な点について伺うと、貴子さんはやはり「人」だと答えます。彼女が生まれた東京やアートを学んだニューヨークと比べ、台北の人たちはリラックスしていて、緊張やストレス、忙しない生活とは正反対で、人々はいつも笑顔で「大丈夫、ゆっくりで良いよ」と声をかけ、相手を思いやる優しさや気遣いを見せます。そうしたリラックスした雰囲気が彼女を温かく、心地よい気分にさせてくれました。
幼少の頃、学校から帰った貴子さんは家の向いにあった花屋でもらった花を持ち帰って遊んでいたそうです。公園で遊ぶときにも花や葉っぱを摘むのが当たり前になっていき、そこで学んだ花の自然な形状は、後の創作活動に大きな影響を与えました。
貴子さんは成長するにつれて、周囲にある花や草木を見ることで、見知らぬ土地での不安や恐怖を払拭できるようになったと言います。自然の恵みや植物が持つ癒しの力が彼女を和ませ、憩いと安らぎを与えたのです。これこそが自らを癒す方法であり、今回紹介する幸福の形なのです。
Salon Flowers
貴子さんはニューヨークに住んでいた頃、ニューヨークの花卉(かき)産業が活気づいていることを知りました。雑貨屋からオーガニックスーパーまで、至るところに花があったのです。日本でも自分や家族、友人に贈る際に気軽に花を買えますが、この素晴らしい習慣を台湾にも広め、美しさと喜びのパワーで日常生活を豊かにしたいと考えました。
彼女は文化の違いを念頭に置いた上で、台湾に花を贈る習慣を根ざすことを目的として、台北にSalon Flowersを設立しました。重要なのは花を大量に買うのではなく、気に入った花を数本選び、自分だけの癒しの作品を作り上げて忙しい日常に彩りを添えることです。彼女はSalon Flowersがフラワーアートや植物を愛する人々が集まり、そこで学び、アイデアを交換できる場になってほしいと考えています。
台湾では、グラジオラスやスイカズラは儀礼用の花と考えられていますが、実は非常に人気があり、日本を含む多くの国では様々な場面で用いられます。貴子さんは教え子たちがこの花を新しい見方で捉えてくれる事を願っています。
在来種を使った創作
台湾には熱帯植物しかないという誤解があるかもしれませんが、貴子さんは低地で育つ植物から高山植物まで、台湾にある花の多様性を高く評価しており、「台湾は山も多く海にも囲まれているので、山の植物も海の植物も手に入りやすいですし、季節ごとに様々な花や植物が見られます」と語っています。
気候の変化や地域ごとの標高に幅があることから、台湾には台湾欒樹(タイワンモクゲンジ)や白千層(ハクセンソウ)などユニークな在来植物が豊富です。「輸入されたものよりも台湾の在来種が好きです」と話す貴子さんは、台湾に自生する野草や野花を自身のフラワーデザインに取り入れています。
そのため、貴子さんは台北の大きな花市場が好きで、特に内湖にある台北花市場や台北の中心部にある建国假日花市場を探索します。建国假日花市場には地元で栽培された原生植物が数多く展示されているほか、盆栽や切り花、野花、蘭などフラワーアレンジメントで使用する多種多様な植物が販売されています。
季節の花が一番新鮮で長持ちするそうです。「花を選ぶときには二十四節気に合わせるのがオススメです。例えば、春には香りの良いマリーゴールドやスイートピーが素敵なインテリアになりますし、花や植物を最も適した季節に見られるのは幸せなことです」と貴子さんは話します。
春の台北を歩く
春の訪れとともに台北は緑と花が溢れます。「道端に咲くスイートピーが春の訪れを感じさせてくれます」と話す貴子さん。彼女は桜やレモンマリーゴールド、シジミバナなどこの季節を彩る花が好きです。これらの色とりどりの花は街に活気を与えてくれます。
貴子さんの趣味は、晴れた日に歩いて台北の各地にある様々な植物を見て回ること。特に台北植物園の中には異国の花や植物があるほか、蓮池エリアや多肉植物エリア、シダ類エリア、ヤシの木エリア、仏教植物エリア、民俗植物エリアといった専門的なエリアに分かれていて、園内の景観や香りが季節によって変化します。この植物園は日本時代の重要な研究拠点であり、現在保存されている植物の数は台湾、日本、中国、東南アジアのものを合わせて2000種類に及びます。
癒しのライフスタイル
貴子さんは近所の花屋さんを訪れることを勧めています。時間がある時に気に入った花や植物を持ち帰り、それを適した場所に置きます。また、ベランダでハーブを育てるのもオススメです。仕事から帰った時に可愛らしい植物が迎えてくれますし、その甘い香りに包まれて眠りにつくと、一日の疲れを癒すために植物が寄り添ってくれているかのような気持ちになります。
「誰でも日々、少し時間をとって植物や花のお世話をすることはできます」と彼女は言います。「葉の剪定や鉢植えの掃除、水替え、植え替えなどは簡単にできますし、これらの作業は私たちの生活のペースをリセットし、日常の喧騒やせわしなさから開放させてくれます」。貴子さんは、植物の世話をすることが自らを癒す手段と捉え、自分だけの癒しの時間を作り出しています。
ぜひ今年の春は台北を訪れ、貴子さんがオススメする花や植物のある生活を取り入れ、日常に癒しの時間を作ってみてはいかがでしょうか。