伝統芸能である獅子舞（舞獅）は、中国人の移動とともに広まりました。さて、この野性味あふれる芸能の背景には、一体何があるのでしょうか。ここでは、舞獅の魅力や起源、舞獅にまつわるストーリーを探っていきます。また、熟練職人の洪文定にも、獅子頭の制作についてお話を伺いました。

外来の舞踏が中国の風習に

獅子舞の歴史は、少なくとも二千年以上前の中国に遡ることができます。しかし、それよりも以前のインドやペルシヤにこれに似た芸能があり、これらの地域では獅子は在来の動物です。インドでは獅子を霊獣と崇めていて、漢の時代に、朝廷に献上するため中国へ持ち込まれたといわれています。

唐代の史料によれば、中央アジアにおいて舞獅は、統治者に捧げる芸能でした。宋代には「北獅」と呼ばれ、広東省南部で発展した「南獅」とは異なるスタイルのものでした。農村で生まれた「南獅」は、毎年春節になると村を襲ってこどもを食べる「年」と呼ばれる怪物がいて、村人が「年」を追い返すために爆竹を鳴らし、太鼓を叩き、勇猛な獅子を用意したのが始まりと伝えられています。

月日が経ち、獅子舞は新年を祝う行事のひとつになり、富貴吉祥を祈る「採青」と呼ばれる演目も生まれました。「採青」とは、新年の商売繁盛を願って、店先に吊るされた紅包（ご祝儀袋）を獅子がくわえる演戯で、紅包が6メートルの高さに吊るされることもあります。獅子は葉野菜と一緒に束ねられた紅包を口にくわえ、野菜は噛んでから吐き出し、紅包はご祝儀として持っていきます。

北獅と南獅は、その特徴を残したまま現代に受け継がれています。北獅は雄雌の一組で演じることが多く、金色の獅子頭、オレンジ色の長い毛で覆われた胴が一般的です。雑技やアクロバットを取り入れたパフォーマンスにはエンターテインメント性があります。南獅には魔除けや招福の意味が込められています。獅子頭は大きめですが、紙製のため軽く、額のラッパと鏡は人間性の善悪を映し出します。

また、武術が取り入れられていている南獅を操るには、相当な力とテクニック、俊敏性が必要です。南獅の一種である佛山装は、武術学校で好まれる流派で、特に優秀な学生にしか演じられません。20世紀に誕生した南獅の第二の流派は、鶴山装と呼ばれます。複雑なステップが特徴で、学校の創設者は、真に迫った舞を創作するため、ネコ科動物の動作を研究しました。

佛山装も鶴山装も華人とともに海を渡ったため、海外の華人コミュニティでよく見られるスタイルです。いくつかの国では、新しいスタイルの舞獅も作られていて、中国だけを見てもまったく同じ獅子はありません。獅子はその色の違いで、年齢、性格などを表し、時には歴史上の人物を表しています。

海を越えて台湾に伝わった舞獅

北獅や南獅のほか、「青獅」と呼ばれる福建省発祥の第三の流派があります。尖った歯、そそり立つ眉毛、黒く短いひげ、そして武器を隠し持っているような長い胴。見るからに恐ろしい青獅は、清朝の統治者を象徴していたともいわれています。清朝滅亡後、青獅はあまり見られなくなりましたが、台湾では今でも伝統が続いています。

青獅は18世紀に台湾に伝わりました。台湾へ移住する人々のほとんどは、島の劣悪な環境と戦う船乗りだったので、舞獅は台湾に伝わった後も激しい動きと武術のスタイルが残されました。舞獅団の多くは農村にあり、そのパフォーマンスは、神前の舞やスポーツとして、時には軍事訓練のために行われました。

台湾北部では、口を動かしたり、開けることができる獅子頭が一般的になり、南部では一文字の口の獅子頭が、村の人々を土匪から守る象徴として広まりました。その後、客家スタイル、広東スタイルの舞獅が、1945年以後には、北方の趣あふれる舞獅も伝わりました。1950年から1960年代になると、舞獅団と暴力団の結びつきが強くなり、舞獅団同士での暴力沙汰が増え、舞獅のイメージもやや低下しました。

1970年から1980年代は、工業化にともなって経済が成長し、都市化が進みました。新しい廟宇も建てられ、舞獅団のパフォーマンスの機会も増えていきました。近年、そのパフォーマンスは、より複雑に、より高度になっています。そして、数多くの国際的な舞獅大会が毎年台湾で開催されています。

獅子に命を吹き込む洪文定の芸術

昔、艋舺（現在の萬華地区）一帶は台湾北部の商業の中心地でした。中国大陸からの神像を迎え入れる際には、よくここに上陸し、伝統芸能の団体が随行しました。また、そうした団体には道具を作る熟練した職人が必要でした。1924年、北投の人々と舞獅団は、台北の有名な獅子頭職人、阿水師を招き、義塗師にその技術が伝えられました。

義塗師の北投の作業場には、何人もの現地の青年が獅子頭制作を学びに訪れました。洪文定の父、洪來旺は9歳の頃から作業場に出入りしていたそうです。その後、洪來旺は「中央獅団」を設立し、全国の舞獅大会で優勝し、台湾北部の伝説の人物になります。そして彼の金色の獅子頭は「一流」と敬われるようになりました。

当時、獅子頭の制作は、質の高い労働集約型でした。型を作る粘土には、大屯山で採れる「北投の土壌」を使います。粘土は熟成させてから水を加えて成形し、型に麻布や紙を貼付けて張り子を作ります。そして粘土の型を外し、金箔と漆を調合して張り子にのせます。最後にシーラント剤を塗り、シンボリックな図案を描きます。

洪來旺の獅子頭には、道教の要素となる五つの色、すなわち緑、赤、黄、白、黒が使われていました。額に大きな鏡、両頬にも二つずつ小さな鏡があり、後頭部の八卦で道教の宇宙観を表し、中央には太極が描かれます。首にある五色の波は地球を表し、シュロの樹皮を何度も染めて作った毛を取り付けます。動くあごは、柳かごを内側の竹枠につなげています。

生前に洪來旺が制作した獅子頭は千を超え、数々の名声と賞を獲得しました。2013年に99歳で亡くなる前には、幅90センチという生涯最大の獅子頭も制作しました。

洪來旺の息子である洪文定はこう語ります。「物心ついた頃から、父は地域の人たちに尊敬されていました。私にとってはヒーローでしたよ。私が大人になるまで、父のもとには常にお弟子さんがいました」

成長するにつれ、徐々に武術に惹きつけられていった洪文定。1987年には福安獅団を設立しました。初めて獅子を演じた頃の様子を「台湾南部で歓迎儀式を演じました。お香の香りを嗅いだ瞬間、突然獅子の魂を自分の中に感じた気がしました」と述懐します。

洪文定は、多くの若者にとって舞獅が過去のものになっていると感じ、学校や民間団体、芸術劇団などで武術や獅子制作を教え始めました。海外の中華コミュニティにも何度も赴いています。2006年に洪文定と洪來旺の親子が設立した台灣獅頭旺民俗技藝発展協会では、これまで培ってきた技術を各界に広め、台湾舞獅の促進に取り組んでいます。そして、洪文定の息子は現在大学生です。芸術に深く興味を抱いているそうで、舞獅を芸術として未来へ伝えていきたいと考えています。

実は、獅子頭の伝統的な制作技術は失われつつあり、それは台湾に限ったことではありません。現在は、ほとんどが粘土ではなく、ガラス繊維を使用しています。その方が軽くて扱いやすいといいます。洪文定も例外ではなく、普段は現代の手法を用いていて、特別な場合にだけ伝統製法で制作しています。

台北で舞獅を鑑賞するなら、廟の祭りや旧正月の元旦に国立中正紀念堂で催されるパフォーマンスを見に出掛けるのが一番です。また、市内の主要な廟宇でも、伝統的で多彩な演目の舞獅を楽しむことができます。